2022.07.03 長篠古戦場を経由する新ルート。東京と大阪を結ぶ高速バス「グラン昼特急号」乗車レポート(後編)
東京と大阪を結ぶ高速バス「グラン昼特急号」。前回は、バスタ新宿を出発して中間地点の道の駅もっくる新城に到着したところまでをお送りしました。こちらの道の駅、実は戦国時代の「長篠の戦い」の舞台になった古戦場から徒歩圏内にあるという、歴史ファンが喜びそうな場所にあります。
今回は後編として、道の駅から古戦場まで徒歩で散策してみた様子を、後半の車窓と併せてお送りします!
地元グルメもある道の駅もっくる新城。五平餅や三河産のお茶で小休止
新宿からバスに乗ること4時間弱。道の駅もっくる新城に到着。2021年10月から新たに停車するようになりました。
建物としては、木造のアーチ状という少し変わった造りが特徴です。高速のPA・SAだとあまり見ないタイプで、ある意味道の駅らしいと言えるでしょう。
フードコートという感じではないですが、レストランも。体感的には物販の方が多めですかね。
その代わり、道の駅としては軽食が割と充実しています。五平餅などの郷土料理もあるので、浜名湖SA(※浜名湖に面した、東名屈指の景勝地)に寄れなかったドライバーの、隠れた癒しスポットと言えるでしょう。
今回は松茸入りいなり寿司(税込600円)をチョイス。
さすがに国産じゃないだろうな〜、と思いつつ美味しくいただきます(もし国産だったらゴメンナサイ)。
販売元は豊川の「千石寿し」というお店だそうで、googleMapだと結構な高評価。食べログの方はまだまだ口コミが少ないようですので、気に入った方はぜひレビューを。
その他、前述の五平餅も試食。長野県南部〜岐阜の山間部で見られる軽食ですね。
胡麻が入った甘めの味噌が特徴で、こちらで売っているものは食べ応えのある大判サイズ。お店によってサイズが結構違うのも特徴なので、中央西線や飯田線沿線にお出かけの際は食べ歩きしてみるのもオススメです。
濃いめの味のため、地元産のお茶ともよく合います。
今回は時間の都合でゆっくりできなかったのですが、観光案内所や足湯もありますので、マイカーやレンタカーで奥三河を散策する方にも嬉しいスポットとなっています。新東名の施設に物足りなさを感じた方はぜひお立ち寄りください。
天下分け目の戦「長篠の戦い」の舞台となった設楽原古戦場。資料館や再現された馬防柵も
道の駅で一息ついたところで、当初の目的である設楽原古戦場に向かうことにしました。始発と最終を利用すれば最大4時間20分滞在できますが、今回はもう少し早めの便を予約しているので滞在時間は2時間20分ほど。少し駆け足で。
※東京発大阪行きのダイヤはこちら
道の駅から古戦場は国道151号が最短ルートになります。案外近そうと思っていたのですが・・・。
ご覧の通り、歩道がメンテナンス中で通行止めに。
少々遠回りですが、飯田線の三河東郷駅付近まで迂回することに。
ローカル線という印象のある飯田線ですが、豊橋−本長篠間は1時間1本程度の本数があり、本長篠駅の手前にある三河東郷駅もアクセスはそれほど悪くなかったりします。意外な距離の近さを物語る、豊橋までの運賃。
飯田線の踏切を渡って、古戦場へ。
設楽原古戦場は中心部が低地で東西が小高い丘となっており、東に武田軍が、西に織田・徳川軍が布陣したと言われています。写真は武田側からの眺めです。
長篠の戦いの戦死者を埋葬したと言われる、信玄塚。毎年8月15日には「火おんどり」と呼ばれる慰霊祭も開催されています。
また、信玄塚の近くには1757年に建立された「閻魔堂」と呼ばれる小さなお堂もあります。1575年の戦いからは200年近く経っていますが、天下泰平の時代でも人々には語り継がれていた訳ですね。
信玄塚と閻魔堂のすぐ近くにある、設楽原歴史資料館。残念ながら休館日でしたが、展示が気になる施設です。訪れるかどうかは滞在時間と相談で。
武田側の史跡を一通り見たところで、坂を下って西側へ。歩いてみると、両陣営の距離が意外と近くて驚きます。長篠の戦いが密集戦であることを歩いて実感する、というのもいいですね。
中央を流れる連吾川で一句。ここから先が織田・徳川軍の陣地になります。
橋を渡ると、右手に有名な馬防柵があります。武田の騎馬隊を火縄銃で迎え撃つために建造された柵で、昭和になって復元されました。現在も数年に1回柵木を作り直しているそうです。
馬防柵から東側を眺めると、坂を駆け下りてくる騎馬武者の姿が目に浮かびます。川があるとはいえ、勇気を奮い立たせたくなる構図です。
馬防柵を見た後は家康の物見塚へ。徳川軍の本陣跡もこの先の高台にあります。一方織田軍の本陣は少し離れており、北西にある茶臼山公園、長篠設楽原PA付近にあります。徒歩だとそれなりに時間がかかるので、高速バスの発車時間にはご注意を。
帰りは古戦場の西側を通って道の駅へ。
道の駅もっくる新城に到着。所要時間は2時間弱程度でした。資料館と織田軍本陣跡まで見るなら4時間くらい用意した方が良いかもしれません。もし頻繁にグラン昼特急を使う予定なら、何回かに分けて通うのも一つの手です。
眺めの良い伊勢湾岸自動車道を通って、終点の大阪へ
ここからはグラン昼特急の廉価版・青春昼特急に乗って大阪へ。ダイヤでは13:52発ですが、出発は少し遅れて14:10頃でした。
再び新城ICから新東名に入ります。
新城ICから新東名終点の豊田東ICまでは45分程度です。
豊田東IC以降は伊勢湾岸自動車道に入り、名港トリトンへ。名古屋港を横断する高架道路で、名古屋駅の南に位置しています。
高速バスの2階席から橋を渡って行く眺めは爽快の一言。
途中、刈谷ハイウェイオアシスやナガシマスパーランドといった人気の高いテーマパークにも面しており、ドライバーからの人気が非常に高い道路をなっています。車窓が良いと、退屈しなくて済みますね。
橋を渡り切ったあたりで、バスは三重県へ。四日市JCTから新名神高速道路に入ります。
新名神は四日市JCTと京都の草津JCTを東西に結んでおり、かつての東海道に近いルートを走っている高規格道路です。先程の海沿いとはうってかわって、バスは鈴鹿峠の山の中へ。
かつて東海道随一の難所と言われ、東海道新幹線に迂回を決意させたという説もある、鈴鹿峠。トンネルや高架が多く、山が深いのが特徴です。
途中では、最後の休憩箇所・甲南PAに停車します。停車したのは16:00頃。ここから京都深草までは1時間程度です。
入口では、飛び出す忍者がお出迎え。忍者の里・甲賀市に位置しているため、施設も忍者推しです。
20分ほど休憩の後、バスは再び高速へ。この辺を通るたびに、変わった形をした柱が目に入ります。誰が作ったのがちょっと気になりますね。
甲南PAから30分ほどで名神との合流地点である草津JCTを通過し、17:00頃、京都深草に到着しました。京都駅からは離れていますが、京阪電車の藤森駅が徒歩数分、京都市営地下鉄烏丸線・近鉄京都線の竹田駅も徒歩圏内のため、使い勝手の良いバス停です。
京都深草を出るとバスは大阪府内に入り、吹田JCTを降りて一般道へ。右手には万博記念公園があり、車窓から太陽の塔を見ることができます。
Osaka Metro御堂筋線と並走しながら大阪市内を目指します。現在走っている新御堂筋は、大阪万博直前の1969年に供用開始された当時最先端の道路でしたが、如何せん片側2車線なのが災いして、よく渋滞します。すぐ横を電車が駆け抜ける光景は結構未来感があるのですが。
大阪駅まであと少し。グラン昼特急は京都深草までは早着が多いのですが、大抵は大阪駅周辺の渋滞に巻き込まれて定時到着くらいになることが多いです。渋滞が予想されるときは、京都深草から京阪電車に乗り換えるのも一つの手です。
18:10頃、予定より37分ほど遅れて大阪駅に到着しました。新宿からの所要時間は10時間20分ですが、道の駅もっくる新城で2時間ほど道草していたので実質8時間20分程度になります。渋滞がなければ京都まで7時間弱、大阪まで8時間弱といったところでしょうか。
新幹線と比べて所要時間は長いものの、途中で寄り道するので高速バスにありがちな窮屈感が少ないのが魅力ですね。お疲れ様でした〜。
今回は東京と大阪を結ぶグラン昼特急号の新ルートをご紹介しました。設楽原古戦場は今回紹介しなかった史跡もいくつかあるので、戦国時代が好きな方は結構ハマると思います。幸い、東京〜新城と新城〜大阪で分割しても運賃はさほど高くならないので、興味のある方は一度試してみてはいかがでしょうか。