2023.02.03 日本一おもろいお寺!? 1400年の歴史を持つ大阪・平野郷のルーツ「全興寺」と昭和レトロの街並み散策
「鬼は外、福は内」の掛け声でお馴染みの行事「節分」。時期は立春の前日とされているため、2023年は2月3日が該当します。節分と言えば鬼、鬼といえば地獄、ということで、今回は手軽に地獄体験ができる”日本一おもろいお寺”大阪の全興寺をご紹介したいと思います。
お寺がある大阪・平野郷は、実に1400年の歴史を持つと言われる環壕集落でもあり、全興寺はそこの氏寺でもあります。散策するだけで昭和レトロな雰囲気が伝わってくる下町の魅力を、余すところなくお伝えします!
100円で気軽な地獄体験。大阪的ユーモアにあふれた「日本一おもろい」全興寺の魅力
まずは平野郷の紹介から、かつては周辺を堀に囲まれた独立都市でしたが、現在は平野区として、大阪市内の南東に位置しています。アクセス手段としてはOsaka Metro谷町線の平野駅か、JR大和路線の平野駅が便利です。
また、平野区は大阪の中心から少し離れていたため、太平洋戦争の空襲で焼け残った建物が多いのも特徴です。昔の街並みが今も残る下町に、早速行ってみましょう。
Osaka Metro谷町線・平野駅へとやってきました。JR大阪駅のすぐ南にある東梅田駅を利用すると、乗り換えなしで来ることができます。
駅から北東に移動して、平野本町通商店街へ。天神橋筋商店街や心斎橋筋商店街辺りと比べると、観光地化される前の昔ながらの商店街、といった雰囲気が漂います。
平野郷は太平洋戦争の空襲で焼け残ったため、戦前の建物がいくつか残っているのも見逃せません。写真の建物は1929年建造の「小林新聞舗本店」。朝日新聞の集積所兼住宅として使われました。大阪に残る国登録有形文化財の一つでもあります。
そしてその隣に位置するのが、今回ご紹介する「日本一おもろいお寺」全興寺になります。創建は非常に古く、聖徳太子が建てた薬師堂が起源と言われており、1400年以上の歴史を誇る古刹でもあります。
しかし入り口には、やたらキャッチーなフォントで書かれた「ウソをつくと舌をぬくぞ」の文字が。創建が延暦寺より古いとは思えないフランクな感じが、大阪の下町らしいと言えるかもしれません。
ちなみに全興寺さんは平野のまちづくりにも協力しており、その一環かユニークな活動を多く行っています。修行体験の案内もどこかカジュアルですね。
早速境内へ。歴史のある本堂、お寺を一躍有名にした地獄堂などがあり、一周することで地獄から極楽を実体験できるようになっています。
まずは本堂から。現在の建物は1661年に再建されたもので、重要文化財に指定されてもおかしくないくらい古い建築です。地獄巡りの前にこちらでご挨拶を。
そして、本堂から石畳の反対側に位置する小屋が、大人気の「地獄堂」です。おそらく日本一キャッチーな地獄紹介をしている施設だと思います。
入場には受付で100円の通行手形を購入する必要があるのですが、何と一生涯使えるという、驚きの有効期限。気前が良すぎやしませんかね、エンマ様。
早速地獄堂へ‥…と言いたいところですが、その前に一つ。入り口に診断ツール「極楽度・地獄度チェック」が用意されています。
内容は非常にシンプルで、10個の質問に2択で回答するだけ。twitterで流行りの診断メーカーもびっくりのお手軽さですが、質問自体はきちんと練られています。
押した方のボタンが光るので、本音で回答してみます。
診断結果は‥…まさかの「地獄行き決定」。オーマイガッ!!
‥…エンマ様に地獄行きを宣告されないように、日頃の行いには気をつけたいですね。
ちなみに最高の評価は「極楽行きたいこ判」なのですが、そちらにもエンマ様からの苦言が用意されています。もともとの回答に上から張り紙をしているのが、シュールさを引き立てているような。
診断が終わったら、いよいよ中へ。足元のドラを叩くと、地獄が現れます。プロの声優使ってるだろと言いたくなるような迫真の演技で表現される、地獄の責め苦。怖すぎて泣き出す子どももいるらしく、設置後しばらくして入り口の扉が開けっぱなしにされるようになった、という話があります。
ちなみに怖いと言っても、スプラッターの類はありませんのでご安心を。基本的に反省を促すための恐怖ということを特筆しておきます。最近日頃の行いが気になる方は、地獄堂で自分を戒めてみてはいかがでしょうか。
また、自分が鬼になれる顔出しパネルもありますので、思いっきり怖い顔をして撮ってみると、案外盛り上がるかもしれません。地獄堂でひとしきり反省した後は、極楽コースへ。
怖そうな顔とは裏腹に仏の国への道を指し示している、親切な鬼さん。「お前みたいなロクデナシはとっとと極楽行きやがれ」とでも言いたそうな表情です。
ほとけのくにの入り口。地獄堂で荒んだ心を浄化してくれそうな佇まいです。中身は訪れてからのお楽しみということで。
その他、仏様との赤い糸が撮影できるコーナーも。何だか恋人の聖地みたいですね。
ちなみに境内は6月になると紫陽花が綺麗です。季節を変えて訪れてみるのも良いかもしれないですね。
ひとしきり地獄と極楽を体験した後は、境内に併設された「小さな駄菓子屋さん博物館」へ。入場無料です。
西武園ゆうえんちのリニューアルコンセプトとしても採用された、最近流行りの「昭和レトロ」。平野郷の街並みによく合いそうですね。
建物内は昭和のおもちゃや看板がズラリ。団塊の世代が既に75歳くらいになっている現在、昭和が「歴史」として確立しつつあるのかな、という気もします。
せっかく来たので、おみくじも引いてみましょう。
いくつか種類がありますが、一番のおすすめは「エンマ大王の地獄ミクジィ」。凶しか出ないというとんでもない代物で、弛んだ気持ちに喝を入れてくれる逸品です。
おみくじを開くと、エンマ様からのお叱りの言葉が。蚊取り線香を焚いただけで地獄行きという超シビアな判決をいただきました。ちなみに等活地獄というのは鬼たちに体を切り刻まれるという大変恐ろしい場所なのですが、それでも地獄の中では一番マシな部類だそうです。ヒィィィィーーー!!
その他には写真のようなおみくじも。「推しメン」なんてフレーズが出てくる辺り、エンマ様は最新の流行も随時チェックしているようです。興味のある方は、無間地獄行きを宣告されないよう祈りつつ、一度引いてみてはいかがでしょうか。
かつては独立都市だった? 平野郷の成り立ちと昭和レトロな街並みの関係
ここからは、平野郷の街並みについて少しご紹介しましょう。前述の通り聖徳太子によって全興寺が創建されますが、当時は街も何もない野原だったそうで、お寺の周りに後から町が成立したという経緯があります。上の写真の緑色の部分が平野郷ですね。
その平野郷の氏神として知られるのが、集落の北にある杭全神社(くまたじんじゃ)。日本有数の難読地名としても有名です。ここに限らず、大阪は柴島(くにじま)、喜連瓜破(きれうりわり)、放出(はなてん)といった特殊な地名が多い気がします。毎年7月には「平野郷夏まつり」が開催され、多くの人で賑わいます。
その他、平野郷には戦前から残る古い町並みや、「平野町ぐるみ博物館」の一環としてミニ展示が町のあちこちにあります。大阪の中心部と比べると人通りも控えめなので、密を避ける上でもいいですね。
一通り散策したところで、全興寺の隣にあるお茶屋さん「おもろ庵」でカフェタイムに。
名物は鬼の顔を模した「鬼まんじゅう」。ほうじ茶とのセットにしました。
店内は、和風の小物が多く飾られており、どこか懐かしい雰囲気が漂います。
昔流行った木製のキューブパズルや知恵の輪もありますので、熱中しすぎて日が暮れないようご注意を。
ほうじ茶と鬼まんじゅうのセット。やっぱり和菓子はお茶が合いますね。お茶はポットで出てくるので、2杯分くらいはあります。冬の寒い時期でしたので、美味しくいただきました。
大阪の南東に位置する、日本一おもろいお寺がある町・平野郷。半日くらいあれば十分散策できるますので、大阪ならではの魅力にあふれた下町を、訪れてみてはいかがでしょうか。